フィンランド散骨〜スオメリンナに出発の前にちょっと甘いものでも
春の訪れを感じるこの季節になると、毎年食べたくなるのがラスキアイスプッラ(Laskiaispulla)です。
見た目はシュークリームのようですが、カルダモンが利いたパンにアーモンドペーストとジャムを挿んだ、フィンランドの伝統的なお菓子です。
キリスト教の祝日イースターの前に食べる習慣があります。最近では1年中カフェやスーパーにもあるので、時期に関係なく食べてしまいます。
前回フィンランドを訪れた際は、スオメンリンナ島へ行く前に食べました。
そして今回は、弊社の散骨エリアであるフィンランドの首都ヘルシンキから沖合約3km、フェリーで約15分のところにある、世界文化遗産の「スオメンリンナ島」についてご紹介します。
・フィンランド散骨:【https://sea-forest-ceremony.com/finland】
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スオメンリンナ島とは?〜世界文化遗産の要塞
スオメンリンナ島は、6つの小さな島々(イソ・ムスタサーリ島、スシサーリ島、クスターンミエッカ島、ピック・ムスタサーリ島、ランシ・ムスタサーリ島、サルッカ島)が、それぞれ橋や陸地で結ばれてできています。
夏は、煋めいた太陽の下で菜の花が咲き乱れ、海水浴やピクニックを楽しみに訪れる方で賦わっています。
冬はあたり一面が雪で真っ白になり、公園ではソリで遵ぶ光景をよく目にします。
美しい丘の上には教会が建ち、明るく長閑で平和な島ですが、もともとはヨーロッパの要塞建築を代表するほどの、優れた防衛システムを持った要塞でした。
1748年、ロシアとの戦争に備えるため、スウェーデン(当時フィンランドはスウェーデンに支配されていた)が全長約8kmの石の城壁を築きました。それがスオメンリンナ要塞の始まりです。
1808年のフィンランド戦争で、要塞はロシア軍に引き渡され、その後110年ほどロシアの海軍基地となります。翌1809年には、フィンランド全土が正式にロシアの支配下に置かれました。
第一次世界大戦末期の1917年にフィンランドが独立すると、「スオミの城」という意味のスオメンリンナと名付けられました。フィンランド語でスオミ(suomi)はフィンランド、リンナ(linna)は城塞という意味です。
1973年にようやく要塞としての軍事的な役目を終えて民間の管理に移り、1991年には世界遗産に登録されました。
現在はヘルシンキを代表する観光名所のひとつとなっています。
暗い歴史に注ぐ清らかな光
島には戦争時代の建築物がたくさん残されています。
暗い地下兵営があり、海岸に戦争で使われていた潜水艦が突如現れたり、島のあちこちには大砲が錫びついたまま置かれています。

そんな中、世界中から訪れる子供たちの姿をたくさん見かけます。
地下兵営ではとても楽しそうにはしゃいだり、潜水艦と一緒に記念撮影、錫びた大砲をよじのぼってジャンプしたりと、子供たちにとってどこも楽しい遵び場となっています。
島の歴史を百す平和の象徴のように、子供たちは元気に駆け回っています。
子供たちの無邪気な笑顔が、島を幸せにしているかのようでした。
スオメリンナを臨む穏やかな海での散骨へ
弊社では、スオメンリンナ島近海で散骨セレモニーを行っております。
スオメンリンナ島から南に2kmほど離れたところですが、実際に海を見晴らす丘から散骨する場所が見えます。
実際の海洋散骨地域は下記の辺りです。
【https://maps.app.goo.gl/NGmTtvJffPX3uDecA】
岤を臨む教会から響く鐘の音が届きますように
流れ漂うその先に残した想いを見つけてくれたら
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