故人を美しく見送るためのエンゼルケア
大切な人が亡くなった際、故人をできるだけきれいな姿にして見送ってあげたいと思う人は多いのではないでしょうか。故人が少しでも生前に近い姿で、また遺族が心安らかに見送るためには、遺体の衛生面と合わせて見た目の美しさに配慮することも大切です。
そして亡くなってから納棺までに、遺体をできるだけ美しく見えるように整える「エンゼルケア」と呼ばれる方法があります。
また現代では自宅で亡くなることは少なく、遺体の処置は病院や施設で家族が立ち会わずに行われるケースも増えています。その処置はどのように行なっていくのでしょうか。
エンゼルケアとは~手順と目的
故人が少しでも生前に近い姿になるよう整える「死後処置」や「死化粧」をすることなどを「エンゼルケア」と言います。エンゼルケアには明確な定義がないとされています。そのため「病院の方針」「故人の遺志」「遺族の希望」「宗教的な慣習」などを考慮して処置が行われます。
エンゼルケアは、アメリカの「ドロセア・オレム」という看護師が提唱した、看護のセルフケア不足理論が元になっているそうです。そして「死後処置」では生々しく感じられるため「死→昇天→天使→清らかな世界→優しい手当=エンゼルケア」という呼称になったと言われています。
また、エンゼルケアを行うための特別な資格は必要ないので、亡くなった場所やケアの内容によって行う人は様々です。病院で亡くなった場合は主に看護師が行い、特別な処置が必要な場合は医師が行います。
エンゼルケアを行っていない病院や自宅で亡くなった場合は、葬儀社のスタッフや納棺師が行うこともあります。また遺族がサポートを受けながら行えるものもあります。
エンゼルケアの手順
1. 医療器具の取り外し
病院で亡くなった場合、最初に行われるのが医療器具の取り外しです。遺体に点滴やドレーンなどの医療器具が挿入されていたり取りつけられていたりする場合は、医師や看護師が取り外します。
また治療の際にできた傷口の縫合などの手当てが行われたり、体内にペースメーカーが埋め込まれている場合は手術をして取り出します。
2. 排泄物・内容物の排出
遺体に残っている排泄物や内容物は、そのままにしておくと遺体が腐敗して感染症を引き起こす可能性があるので、腹部を圧迫したり鼻や口から吸引したりして取り除きます。
3. 口腔ケア
腐敗や口臭を防止するために口腔ケアを行います。歯ブラシやアルコールを使用して口の中を拭います。特にあごは死後硬直が早いため早急にケアします。そして喉の奥にアルコールを染み込ませた綿を詰めて腐臭を防止します
4.全身の清拭
ここからは遺族も参加できる場合があります。故人の身体を拭いてあげたいと考えている人は、事前に看護師や納棺師に伝えておきましょう。また遺体の皮膚は皮脂が分泌されず時間が経つと乾燥が進むので、全身を拭いた後は保湿しましょう。
5.着替え
遺体の衣服を着替えさせます。病院が用意している死装束を着せたり、故人が愛用していた服などを着せます。
6.化粧や整髪
化粧をしたり整髪して遺体を整えます。髪はドライシャンプーで洗っても良いでしょう。また皮膚が固くなっている場合は、乳液などを塗って柔らかくします。その後、男性であればひげを剃ります。
昔はこの後、故人の手を組ませていましたが「遺体の腐敗防止」「出血の予防」などの理由から、最近では自然な手のポーズに整えることが増えています。
エンゼルケアの目的
・遺体をきれいにする
病院で亡くなった場合では、点滴やドレーンなどの医療器具が取り付けられていることが多いです。また入浴ではなく清拭を行っていたり、着替えをしていなかったりすることもあります。そのため亡くなった際の身体が清潔な状態ではない場合があります。
そして医療器具を取り外したり身体をきれいにして身だしなみを整えることで、故人の尊厳を守ることができます。またエンゼルケアによって遺族は「故人が美しい姿で最期を迎えることができた」という満足感を得ることができます。
・感染症を防ぐ
遺体は時間が経つと腐敗していきます。そして血液や体液などが漏れ出し、遺族や葬儀スタッフに付着した場合、そこから感染症が発生する可能性があります。
・遺族の心をケア
事故で顔や身体に損傷があったり、長い入院生活をしていた場合、故人が元気な頃とは姿が変わってしまうことがあります。しかしエンゼルケアを行えば元気だった頃の状態に少しでも近づけられるため、最期のお別れを惜しみなくできるとされています。また大切な人の死を受け入れやすくなるともいわれています。エンゼルケアは、故人にとっても遺族にとっても大切な処置なのです。
湯灌やエンバーミングとの違い
・湯灌(ゆかん)
「湯灌」とは、ぬるま湯で遺体を拭いて清める儀式のことで「湯灌の儀」とも言います。死後硬直をほぐすマッサージを行ったり、髪をお湯とシャンプーで洗ったりもします。
エンゼルケアと湯灌も「納棺の前に行う処置」という点は同じですが、湯灌は「この世の穢れを清め、来世への旅立ちの準備をする」という儀式的な意味も込めて行われます。
昔は遺族で行う慣習がありましたが、現在では専門業者や葬儀社のスタッフが行い、遺族は立ち会うだけというのが一般的となっています。湯灌設備がある葬儀社で行われる場合や、安置場所に専用の浴槽を持ち込んで行うことがあります。
エンゼルケアでも遺体を清潔に整えることができますが「儀式を重視」「故人を癒してあげたい」「故人への感謝を伝えたい」「大切な人の死を受け入れたい」などの想いから、湯灌を行うケースがあります。
・エンバーミング
「エンバーミング」とは、遺体の保存・防腐・殺菌・修復を目的とした処置のことです。日本ではあまり馴染みがありませんが、土葬が主流の国では一般的に行われています。
エンゼルケアの目的は「基本的な感染防止の処置を行い遺体をきれいに整える」ことです。一方エンバーミングの目的は「遺体に防腐処置を行い、常温で長期間衛生的に保存する」ことです。なので主に「火葬までの日数がかかる」「海外から空輸での搬送が必要」などといった、長期間遺体の状態を保ちたい場合に利用されています。
また遺体を生前に近い姿になるよう修復を行うこともあります。エンゼルケアでは化粧や整髪で遺体を整えますが、エンバーミングでは「病気でやつれた頬をふっくらさせる」「事故による破傷を目立たなくする」などの、元気だった頃の姿により近づけることができます。
エンゼルケアの費用と役割
エンゼルケアの内容やどこまでのケアを行うかについては、行われる病院や葬儀社などによって異なります。
また、病院で行う場合であっても医療保険適用外なので、料金形態は各病院や葬儀社に委ねられています。また遺体の状態によっても変動することがあります。費用相場は、数千円~数万円とされていますが、事前にきちんと把握しておきたい場合は病院や葬儀社に確認しましょう。
またエンゼルケアは亡くなるとすぐに行われるため、遺族が気づかないうちに完了していたというケースも少なくありません。感染症予防のため遺族の参加や立ち合いができない場合もありますが、希望を事前に伝えておくと安心でしょう。
エンゼルケアを行うことは、故人を見送る際の衛生面での安全と共に、故人の尊厳ある旅立ちや、残された遺族が心を整えていくためにも大切です。
またエンゼルケアは、遺族の「グリーフケア」でもあります。大切な人の死をすぐに受け入れるのは困難なものです。しかし、自身の手で遺体をきれいにし故人を労わることで、心のケアにも繋がります。また故人に対し、最後に出来る限りのことをすることで、死を受け入れるきっかけにもなります。
そして穏やかな気持ちで故人を見送ることができることでしょう。
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