夫の急死をきっかけに起きた相続の現実~甥からの「家を売ってほしい」という申し出
配偶者が亡くなったあと、残された家族が思いがけない相続問題に直面することがあります。
夫の急死をきっかけに、妻が住んでいた自宅を相続人である甥から「売却して代金を分けてほしい」と求められた事例がありました。これは、朝日新聞系列の専門サイト「相続会議」などで実際に報じられた相続トラブルです。
子どもがいない夫婦の場合、夫の兄弟姉妹やその子どもが相続人となることがあるため、配偶者だけでは遺産を受け取れない場合があります。
亡くなった夫には妻がいましたが、子どもはいませんでした。両親はすでに他界しており、兄弟姉妹のうち姉も亡くなっていました。そのため、法律上は「配偶者である妻」と、「姉の子どもである甥」が法定相続人となりました。
夫の遺産の中には、夫婦で暮らしていた自宅も含まれていました。名義は夫のもので、妻はそのまま生活を続けていましたが、法的にはこの家も相続財産とみなされます。相続手続きが進む中で、甥が妻に対して「家を売って代金を分けてほしい」と申し入れたのです。
突然の要求に、妻は大きな戸惑いを感じました。夫と過ごした家を手放すことなど思いもしませんでしたが、相続では他の親族にも権利があるという現実を、受け止めざるを得ませんでした。
相続の仕組みと配偶者居住権~民法が定める権利と守られるべき生活
相続には、法律で定められた相続人の優先順位と取り分があります。
民法では、子どもがいない場合、相続人は「配偶者」と「亡くなった人の兄弟姉妹」、またはその子ども(甥や姪)が引き継ぐことになります。このケースでは、妻が4分の3、甥が4分の1を相続することになりました。配偶者の取り分が多くても、家のような不動産は現金のようにきれいに分けられず、複数の相続人が共有し、それぞれが持ち分に応じた権利を持つ形になります。
そもそも、民法898条では、相続が発生した時点で、不動産などの財産はいったん相続人全員の共有になると定められており、そのうえで話し合いによって、誰がどの財産を引き継ぐかを決めていく仕組みになっています。
しかし、共有のままでは、売却や改築といった大きな判断をするときに全員の合意が必要となり、話し合いが難航することもあります。家は、決してお金のように分けられるものではありません。そのため、話し合いがどうしてもまとまらないときは、民法907条に基づいて家庭裁判所で調整が行われ、最終的に「換価分割」といって家を売り、代金を分ける方法がとられることもあります。
甥が主張した「家を売って代金を分ける」という提案も、法律上の権利に基づいたものでした。とはいえ、実際にはその家で暮らしている妻の生活をどう守るかという調整が必要になります。
ここで関わってくるのが、「配偶者居住権」です。これは、配偶者が亡くなったあとも一定の期間、あるいは生涯にわたって自宅に住み続けられる権利のことです。これまでの法律では、家の名義が亡くなった人にあった場合、相続の結果しだいで配偶者が家を手放さなければならないこともありました。そうした事例を防ぐために、2020年の民法改正で新たにこの制度が設けられました。
配偶者居住権には二つのタイプがあり、一つは終身で住み続けられる「終身居住権」、もう一つは一定期間だけ認められる「短期居住権」です。どちらも、配偶者の生活を守るための仕組みですが、権利を確保するには条件があります。遺言書や遺産分割協議の中で明確に定めておく必要があり、それがない場合には、法的に保護されないこともあります。
妻の場合、夫が遺言書を残していなかったため、法定相続のルールに従うしかありませんでした。弁護士に相談したところ、甥の持ち分を買い取る方法や、家を売却して現金を分ける方法があると説明されましたが、持ち分を買い取るにはまとまった資金が必要です。すでに年金生活に入っていた妻にとって、その方法を選ぶのは難しいことでした。

遺言がなかったことで生まれたすれ違い
家の売却をめぐる話し合いは、思うように進みませんでした。妻は生活の場を失うことへの不安を訴え、甥は相続人としての権利を主張します。互いに譲れない立場のまま時間だけが過ぎ、関係が悪化していく中で、弁護士を通じた交渉が始まりました。
相続では、現金や預貯金、不動産など、財産の形によって手続きの進め方が大きく変わります。特に不動産は「分ける」ことが難しく、一旦売却して現金に換えてから分配するのが一般的です。ただ、その過程では感情的な対立が生じやすく、親族の関係を壊してしまう原因にもなります。
弁護士によると、このように遺言書がないまま亡くなった場合、法定相続人同士で話し合って合意を形成するしか方法がなく、争いに発展しやすいといいます。もし遺言書に「配偶者が自宅に住み続けられるようにする」旨を明記していれば、甥が一方的に売却を求めることはできませんでした。また、遺言執行者を指定しておけば、遺言の内容に沿って遺産を整理できるため、トラブルの防止にもつながります。
妻は、夫が生前に何も準備していなかったことを悔やみました。家庭の中で相続やお金の話をすることをためらっていたことが、結果的に問題を大きくしてしまったと感じたのです。そして、夫婦の間で「もしものとき」について話し合っておくことの大切さを、改めて実感するきっかけになりました。
相続トラブルを防ぐために今できること~遺言書と生前準備が家族を守る
最終的に、妻は家を売却することを受け入れました。売却によって得た代金は、法定相続分に基づいて分配されることになり、妻にとってはつらい決断でしたが、これ以上の対立を避けるためには、その方法を受け入れるしかありませんでした。
この出来事からは、遺言書があるかどうかで相続の進め方が大きく変わることがわかります。
被相続人が遺言を残さずに亡くなると、相続人全員で遺産分割の協議を行わなければならず、意見の調整がつかない場合には家庭裁判所での調停に進むことになります。その過程では時間や費用の負担が生じやすく、関係が悪化したまま長期化する例も少なくありません。一方で、遺言書を準備しておけば、手続きを簡略化し、遺産の行方を明確にしておくことができるため、家族の心理的負担を軽くすることができます。
遺言書は、財産の多い少ないにかかわらず誰でも作成できます。なかでも、公証人役場で作る「公正証書遺言」は、本人確認や意思確認を経て作成されるため、内容の信頼性が高く、偽造や紛失のリスクを抑えることができます。原本は公証役場で保管されるため、遺言の存在を確実に証明できる仕組みになっています。
「自筆証書遺言」を選ぶ場合でも、法務局の遺言書保管制度を利用することで、手続きに不安を感じることなく、安心して準備を進められます。
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専門家によると、相続のトラブルを防ぐには、生前の話し合いと記録が欠かせません。家族と一緒に財産の内容を整理し、どの財産を誰に託すのかを明確にしておくことが大切であり、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことで、手続きがよりスムーズに進みやすくなります。
相続は、財産を分ける手続きだけでなく、残された家族の暮らしや関係にも深く影響します。特に、子どものいない夫婦や兄弟姉妹の間で相続が起きた場合には、法定相続分の割合が生活に直接関わり、配偶者の住まいや生活が不安定になることもあります。こうした事態を防ぐためには、遺言書を準備するだけでなく、生前贈与や信託などの仕組みを上手に組み合わせながら、将来を見据えて計画を立てておくことが大切です。
夫婦のどちらかが先に亡くなることは避けられないからこそ、残された配偶者が安心して暮らしていくためには、早めに備えを考えておくことが欠かせません。弁護士や行政書士、公証人などの専門家に相談しながら、自分の意思を法的にしっかりと形にして残しておくことで、将来のトラブルを防ぎ、家族が安心して過ごせる環境を守ることにつながります。
自分の思いを言葉にして整理し、制度を理解したうえで準備を進めていくことが、家族のこれからを守る大きな力になります。






