2026年8月下旬、ロンドンで開かれたある会合で、英米の死別・死生観教育の専門家たちが一つの問題提起を行いました。式典を伴わない「直葬(セレモニーなしの火葬)」が急増しており、それが遗族から大切な悲嘆の儀式を奔う可能性があるという内容です。
このニュースを追っていく中で、ある一文に目が止まりました。「英国では学校教育に遗族・死別教育を組み込む動きも進んでいる」という部分です。調べてみると、実はこの2026年9月から、イングランドの学校で「グリーフ教育」がまさに必修化されたばかりだったことが分かりました。今回はこの「タイムリーな制度対比」を軸に、死や別れを子どもたちにどう伝えるかというテーマを考えてみます。
イギリスで始まった「グリーフ教育」必修化とは
イングランドの全学校では、「関係性・性・保健教育(RSHE)」と呼ばれる科目の一部として、2026年9月1日から、遗族・グリーフ(悲嘆)に関する内容が初めて明示的な必修項目として組み込まれました。教育省(DfE)が2025年7月に公表した改訂ガイダンスに基づくものです。
具体的には、死をめぐる悲しみは人それぞれ違う方法やペースで経験する自然な反応であること、悲しんでいる友人に気づき支える方法、自分自身が喪に服しているときにどこに助けを求めればよいか、死や追悼に関する文化的な多様性といった内容が盛り込まれています。対象学年は一律の指定ではなく、「年齢に応じた指導(age-appropriate teaching)」とされています。
制度設計で印象的なのは、「教師が悲嘆の専門家になる必要はない」というスタンスです。あくまで悲しみを人生の自然な一部として正常化し、感情を言葉にする語彙を与え、友人を支える実践的なスキルを教えることに主眨を置いた実務的な設計思想がうかがえます。
必修化までの道のり―なぜ今なのか
今回の必修化は、一夜にして生まれた制度ではありません。ここまでの歩みを整理します。
・2020年9月:RSHE自体の必修化
関係性・性・保健教育(RSHE)が全学校で法定必修化されたものの、この時点では遗族・グリーフは独立項目ではなく、「教師が逆境体験(死別を含む)を認識できるようにする」という間接的な位置づけにとどまっていました。
・2022年10月:国民請願の提出
「死・死にゆくこと・死別についての内容を国のカリキュラムに正式に加えるべき」という請願が提出され、11,322筆の署名を集めました。
・2024年12月:国会での議論
総選挙による延期を経て、請願は国会(下院)で議論されました。
・2025年7月:改訂ガイダンスの公表
教育省(DfE)がRSHEの改訂版法定ガイダンスを公表。遗族・グリーフの内容が初めて盛り込まれました。
・2026年9月1日:完全施行
全国の学校でガイダンスの実施が必須となりました。
ここで見ておきたいのは、法制化以前から、Child Bereavement UKやWinston's Wishといった慈善団体が、小学校低学年から中学卒業段階向けの無償教材を長年提供しており、意欲的な学校ではすでに任意でこうした教材を使った授業が行われていたという点です。今回の法制化は、こうした「任意の取り組み」を「全校必修」に格上げするものであり、一夜ではなく土壌の上に成り立っている制度といえます。
日本には同じような取り組みはあるのか
イギリスのような、学校教育として全国一律に必修化されたグリーフ教育に相当する制度は、現時点では日本には見当たりません。しかし日本にも、形は違えども死や生命について考える機会を大切にしてきた歩みがあります。いくつかご紹介します。
・道徳教育の「生命の尊さ」
2018年度(小学校)・2019年度(中学校)から「特別の教科 道徳」として正式教科化され、学習指導要領には「生命の尊さを理解し、かけがえのない自他の生命を尊重する」という項目があります。生命を大切にする心を育む理念教育が中心であり、悲嘆への具体的な対処法などは今後の発展が期待される領域とも言えます。
・デス・エデュケーション(死への準備教育)
上智大学の哲学者アルフォンス・デーケン氏が1970年代後半に米国から日本に紹介した考え方で、1982年には「生と死を考える会」を設立しました。大学の授業や市民講座、教員の自主的な取り組みを通じて、長年にわたって日本の死生観教育の土壌を耨ってきた存在です。
・地域固有の実践(兵庫県の例)
兵庫県は1995年の阪神・淡路大震災の経験を踏まえ、独自の道徳教育副読本に「いのちの教育」の内容を盛り込むなど、地域の経験をいかした取り組みを行っています。
・上智大学グリーフケア研究所
2005年のJR福知山線脱線事故をきっかけに2009年に設立され、「グリーフケア人材養成講座」を実施。看護師・宗教者・カウンセラーなど大人向けの専門人材養成という形で、グリーフケアの専門性を高める取り組みです。
日本では、学校の必修カリキュラムという形ではなくとも、こうした学びが地域や個人の実践の中で少しずつ積み重ねられてきたと言えるかもしれません。
死を語ることと、弔いの形の多様化
直葬の急増と、グリーフ教育の必修化が同じ時期のイギリスで議論されているという事実は示唆的です。弔いの儀式が簡略化・多様化する時代だからこそ、悲しみと向き合う教育が必要だという問題意識が、専門家の間で共有されています。
一方で、こうした教育の拡充を、新しいサービス市場として歓迎する業界側の思惑ではないか、という慎重な見方を示す声もあります。グリーフ教育の必修化を一方的に称賛するだけでなく、こうした多面的な議論があることも知っておくべきでしょう。
日本でも、海洋散骨や樹木葬など、伝統的な形にとらわれない弔いを選ぶ人が増えています。弔いの形が変わっていく中で、悲しみとどう向き合うかを考える機会を持つことは、英国だけでなく日本にとっても大切なテーマではないでしょうか。
イギリスの新制度は、死を「教える」というよりも、「悲しみとの向き合い方や、支え方を伝える」ことに重きを置いた仕組みです。日本では学校教育という形ではまだありませんが、家庭や地域、そして私たちのような弔いに関わる事業者も、それぞれの立場で「死や別れを話せる場」をつくっていくことができるのではないかと思います。
海と森のセレモニーでも、海外リゾート散骨に限らず、グリーフケアを含めた終活全般のご相談を承っております。弔いの形について迷いや不安がある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
参考:
Death literacy concerns over the rapid rise of direct cremations(Funeral Director Daily)
Grief and Loss in the 2026 RSHE Curriculum: A Step Forward(CPD Certification Service)
Add content on death, dying and bereavement to the national curriculum(UK Parliament Petitions)
Free PSHE lessons on loss and bereavement(Child Bereavement UK)
中学校学習指導要領「第3章 道徳」(文部科学省)
上智大学グリーフケア研究所(Wikipedia)




