新しい見送り方が生まれたとき、信仰を大切にしている人は「それを選んでも、教えに背かないだろうか」と立ち止まることがあります。いまの日本では当たり前の火葬も、ある宗教にとっては、かつて「認められない葬り方」でした。
10月30日、オーストラリアのカトリック系ニュースサイトCathNewsが、こんなニュースを伝えました。ニューサウスウェールズ州(シドニーのある州)で人体の堆肥化を認める法律ができたことを受け、同州のカトリック墓地の運営団体が「当面導入する予定はなく、教会の指針を待つ」との姿勢を示したというのです。
今回は、このニュースを入り口に、1900年代の半ばに火葬が広まっていったとき、カトリック教会の方針がどう変わってきたのかをたどります。そのうえで、新しい葬法と信仰がどう向き合っていくのかを考えてみます。
人体堆肥化を認めたNSW州、カトリック墓地は「指針を待つ」

ニューサウスウェールズ州の議会では10月21日、遺体を時間をかけて土に変える「テラメーション(自然有機還元とも呼ばれる、人体の堆肥化)」を認める法案が可決されました。シドニー選出の無所属議員アレックス・グリニッチ氏が提出したもので、その後、州総督の裁可を受けたと報じられています。
テラメーションでは、故人の体をわらや木のチップなどとともに地上の専用容器に納め、微生物のはたらきで分解を早めます。できた土は家族に返すことができ、記念樹を植えるといった使い道も紹介されています。法案の中身や背景は、以前の記事で詳しくご紹介しました。
関連記事:【遺体を土に還す「第三の選択肢」―オーストラリアで“人間の堆肥化”法案が可決、日本で「自然に還る」を叶えるには】
ただし、すぐに選べるようになるわけではありません。安全のためのルールづくりに時間をかけるため、関連する規定が動き出すまでには2年ほどかかる見込みとされています。
そうしたなか、シドニー周辺でカトリックの墓地と火葬場を運営する「カトリック墓地・火葬場(Catholic Cemeteries and Crematoria)」は、今回の法律への考えを明らかにしました。ポイントは次のとおりです。
・当面、導入する予定はない
CEOのローレン・ハードグローブ氏は、すぐに人体堆肥化を始める計画はないとしています。利用者からの問い合わせも、これまでのところ受けていないそうです。
・ほかの施設でできた土を受け入れるかも、まだ決めていない
別の施設でつくられた土を墓地に受け入れるかどうかは、今後決まる規定と、教会の指針しだいとされています。
・あらゆる信仰の家族に仕える立場から、影響を見きわめる
同氏は、自分たちを「あらゆる信仰や考え方を持つ家族に仕えるカトリックの団体」と位置づけ、影響を見きわめたうえで、必要に応じて教会の指針を求めると話しています。
一方、オーストラリア・カトリック大学で典礼を研究するクレア・ジョンソン教授は、環境への配慮を進める試み自体は意義があると認めつつも、人体堆肥化は体の尊厳と復活への信仰についてのカトリックの理解とは相いれないとの見方を示しました。遺体の扱い方について、まったく異なる考え方に立っている、という指摘です。州議会の審議でも、尊厳への配慮を求める声が上がっていました。
すぐに「賛成」「反対」を打ち出すのではなく、まずは教えに照らして考える時間を取る。カトリックの墓地が選んだのは、そんな姿勢だったといえそうです。
かつては火葬も「認められない葬法」だった―カトリック教会の方針の変遷
実は、カトリック教会が新しい葬り方と向き合うのは、今回が初めてではありません。およそ60年前、同じように大きな転換を迫ったのが「火葬」でした。
カトリック教会は古くから、亡くなった人の体を土に葬ることを大切にしてきました。キリストが墓に葬られ、よみがえったことになぞらえ、体もいつか復活すると信じてきたためです。火葬をめぐる方針は、おおまかに次のように移り変わってきました。
・19世紀末:火葬を禁じる
19世紀のヨーロッパでは、火葬を広めようとする運動が起こりました。その一部には、霊魂の不滅や体の復活という教えへの反発、教会への対抗という意味合いもあったとされます。こうした流れを受け、バチカンは1886年に火葬を禁じる決定を出し、1917年の教会法(教会の決まりを定めた法典)にも禁止が明記されました。火葬を望んだ人には、教会での葬儀を行わないともされていたのです。
・1963年:条件つきで火葬を認める
1963年7月、バチカンの検邪聖省(現在の教理省)が指示『Piam et constantem』を出し、方針を大きく改めました。キリスト教の教えを否定するためや、教会への敵意から選んだのでなければ、火葬を望んだ人にも秘跡や教会の葬儀を拒まないとしたのです。火葬を選ぶ理由が、信仰への反発から、衛生や経済、土地の事情といった実際的なものへ移ってきたことが背景にあったといわれています。
・1983年:教会法に「火葬を禁じない」と明記
1983年に改められた教会法は、土葬の慣習を守ることを強く勧めながらも、教えに反する理由で選ぶのでなければ火葬を禁じない、と定めました。土葬が望ましいという考え方は保ったまま、火葬を正式に受け入れたかたちです。
・2016年:火葬のあとの「遺灰の扱い」に指針
火葬が広まると、関心は遺灰の扱いへ移りました。2016年、教理省は指針『Ad resurgendum cum Christo(キリストとともに復活するために)』を出し、遺灰は墓地などの聖なる場所に納めるよう求めました。この指針は、火葬は魂に影響を与えるものではなく、神が体を復活させることを妨げるものでもないと述べています。そのうえで、空・陸・海への散骨や、自宅での保管、遺灰を分けることは認めないとしました。2023年12月には、遺灰のごく一部を故人ゆかりの場所に保管することを条件つきで検討しうるとの回答も出ていますが、散骨そのものは認められていません。
関連記事:【散骨は信仰に反する?―シンガポールの散骨フェリーに寄せられたカトリックの懸念と、家族の信仰が違うときの話し合い方】
こうしてたどると、教会は「火葬という方法」を受け入れる一方で、「亡くなった人をどう敬い、どこに安置するか」という核の部分は手放していないことが見えてきます。禁止から容認まで、およそ80年。教えが変わったというより、変えてよい部分と変えてはいけない部分を、時間をかけて切り分けてきた歴史ともいえるでしょう。
火葬と人体堆肥化、何が同じで何が違うのか
では、人体堆肥化も、火葬と同じ道をたどるのでしょうか。ここは慎重に見ておきたいところです。
すでに判断を示しているのが、アメリカの司教団です。人体堆肥化が広がりつつあるアメリカで、米国カトリック司教協議会の教理委員会は2023年3月、人体堆肥化とアルカリ加水分解(薬液で遺体を分解する方法)について、遺体への敬意という教会の求めを満たさないとする声明を出しました。人体堆肥化では、聖なる場所に納められる「体のなごり」と呼べるものが残らない、という点が理由の一つに挙げられています。
火葬と比べると、同じところと違うところが見えてきます。
・同じところ:選ぶ理由が「実際的」であること
1960年代の火葬と同じように、人体堆肥化を求める声の多くは、墓地の不足や費用、環境への配慮といった暮らしの事情から来ています。グリニッチ議員も、葬儀費用や埋葬地の不足、火葬による排出への懸念を挙げていました。信仰を否定するために選ぶ人は、むしろ少ないのかもしれません。
・違うところ:あとに残るものと、その行き先
火葬のあとには遺灰が残り、骨壺に納めて墓地に安置できます。人体堆肥化では、体は土そのものになり、庭や森に還すことが想定されています。教会が2016年の指針で重んじた「聖なる場所に、ひとまとまりで安置する」という考え方と、どう折り合うのかが問われそうです。
オーストラリアのカトリック墓地が「受け入れるかどうかは教会の指針しだい」としたのも、まさにこの点にかかわるのでしょう。
ここからは、筆者(Tomo)の私見です。
今回のニュースで印象に残ったのは、指針を待つと答えた団体の名前に「火葬場(Crematoria)」の文字が入っていることでした。かつて火葬を望んだ人には教会の葬儀を行わなかったカトリックが、いまは自ら火葬場を運営し、あらゆる信仰の家族を迎えている。60年あまりの変化の大きさを、名前ひとつが物語っているように感じます。
ただ、だからといって「いずれ人体堆肥化も認められるだろう」と考えるのは早計だと、個人的には思います。火葬の容認は、方法が変わっても遺灰を聖なる場所に納められる、という支えがあってこそだったように見えるからです。もし将来、教会が何らかの判断を示すとしても、その焦点は「分解の方法」そのものより、「できた土をどこに、どう安置するか」になるのではないか。これはあくまで筆者の推測です。
そして、すぐに賛否を決めず「指針を待つ」という姿勢は、信仰を大切にする家族にとっても、そうでない家族にとっても、誠実な態度だと筆者は受け止めました。新しい選択肢が生まれたとき、急いで答えを出さずに立ち止まる時間そのものに、意味があるのかもしれません。
新しい見送り方と信仰、家族で考えておきたいこと
日本ではほとんどの方が火葬で見送られ、人体堆肥化を選べる状況にはありません。けれども、樹木葬や海洋散骨、海外での散骨など、見送り方の選択肢は少しずつ広がっています。そのぶん、「法律で選べること」と「自分や家族の信仰に照らして選べること」が食い違う場面も出てきます。
正直にお伝えすると、弊社が行っている海外リゾート散骨も、カトリックの2016年の指針では認められていない方法です。ご家族にカトリックの信徒がいらっしゃる場合は、所属する教会の神父さまに、あらかじめご相談いただくことをおすすめしています。仏教のご家庭で、菩提寺(先祖代々のお墓があるお寺)とのお付き合いがある場合も同じですね。
新しい見送り方を考えるときに、手がかりになりそうなことを挙げてみます。
・故人と家族、それぞれの信仰を確かめる
故人が大切にしてきた信仰と、ご家族それぞれの信仰は、必ずしも同じではありません。誰が、どんな思いを大切にしているかを、あらためて言葉にしてみましょう。
・教えが「なぜ」そう定めているのかを知る
カトリックが遺灰を聖なる場所に納めるよう求めるのは、故人が忘れられず、祈りのなかにあり続けるためと説明されています。理由を知ると、「だめと言われた」ではなく、何を大切にしているのかが見えてきます。
・急いで決めない
散骨のように、一度行うとやり直せない方法もあります。オーストラリアのカトリック墓地のように、わからないことがあれば立ち止まり、宗教者や専門家に相談してから決めても遅くはありません。
関連記事:【フィリピンの葬儀とは?にぎやかなお通夜・埋葬の流れと、カトリックの死生観・火葬と散骨の考え方】
本記事は2026年11月時点の公開情報をもとにしたもので、宗教上の判断や法的な助言ではありません。信仰に関わるご判断は、所属する教会や寺院にご確認ください。
変わるもの、変わらないもの
火葬が「禁じられた葬法」から「認められた葬法」になるまで、カトリック教会はおよそ80年をかけました。そのあいだも、亡くなった人を敬い、忘れずに祈り続けるという核の部分は、変わらずに受け継がれてきました。
人体堆肥化が教会にどう受け止められていくのかは、まだわかりません。それでも、新しい見送り方を前に「何を大切にしたいのか」を問い直すことは、信仰を持つ人にも持たない人にも、共通する営みなのではないでしょうか。
土に還る、海に還る、お墓で眠る。かたちは違っても、大切な人をどう送り、どう想い続けたいかという問いは同じです。弊社「海と森のセレモニー」では、ご家族の信仰やお付き合いのある教会・お寺のことも含めてお話を伺い、納得できる見送り方を一緒に考えます。疑問や不安があれば、まずはお気軽にご相談ください。
参考:
Catholic cemeteries await Church guidance on human composting(CathNews)
Catholic cemeteries await Church guidance on human composting(The Catholic Weekly)
Instruction Ad resurgendum cum Christo regarding the burial of the deceased and the conservation of the ashes in the case of cremation(バチカン教理省)
Dicastery for the Doctrine of the Faith on storing ashes(Vatican News)
Human composting, alkaline hydrolysis not acceptable for burial, say U.S. bishops(National Catholic Reporter)
Vatican offers further guidance on handling cremains(USCCB)












