「父は海に還りたいと言っていた。でも、母は毎週教会に通っている」。散骨を考えはじめたとき、家族の信仰が気にかかる方もいらっしゃるのではないでしょうか。故人の願いをかなえたい気持ちと、家族が大切にしてきた信仰。どちらも軽く扱えるものではありません。
10月20日、シンガポールからこの問題に重なるニュースが届きました。国が始める海洋散骨フェリーの構想をめぐって、カトリックの信徒のあいだで懸念の声が上がっていると、アジアの宗教ニュースを伝えるAsiaNewsが報じたのです。
今回は、このニュースをきっかけに、カトリック教会が散骨をどう考えているのかを整理します。そのうえで、「国のルールでは認められていること」と「信仰の教え」が食い違うとき、家族でどう話し合えばよいかを考えてみます。
シンガポールの散骨フェリー構想に、カトリックから慎重な声
シンガポールの国家環境庁(NEA)は10月12日、2027年後半から2年間、海洋散骨のためのフェリーを試験運航すると発表しました。パシル・パンジャン・フェリーターミナルから毎週運航し、1隻に複数の家族が乗り合わせるかたちで、申込1件あたりの手数料は50シンガポールドルとされています。
背景には、高齢化と散骨を望む人の増加があります。同国では亡くなった方の約82%が火葬され、年間の死亡者数は2025年の約2万6,500人から、2040年には約4万人に増える見込みです。2021年に始まった陸上の散骨施設の利用も広がっています。この発表の詳しい内容は、以前の記事でもご紹介しました。
関連記事:【国が“散骨の船”を出す時代に―シンガポールの海洋散骨フェリー試験運航と、香港・日本の現在地】
一方で、この構想に慎重な目を向けているのが、カトリックの信徒たちです。AsiaNewsは、散骨という選択肢が増えることで、変わりつつある葬送のかたちとカトリックの教えとの「ずれ」が浮かび上がったと伝えています。
記事では、現地の葬儀社Harmony Funeral Careが自社のサイトで示している助言も紹介されました。要点は次のとおりです。
・国の制度で認められていても、教会の教えに沿うとは限らない
一般の葬送のルールで許されている方法が、そのままカトリックの求めに合うと考えないほうがよい、としています。
・散骨と「骨壺に納めて安置すること」は別もの
同じ火葬のあとでも、遺灰をまくことと、封をした骨壺に納めて安置することは区別して考える必要がある、とされています。
・決める前に、所属教会の神父に相談を
とくに海への散骨を考えている場合は、決める前に所属する教会の神父や教区に相談するよう勧めています。国のフェリーは公的な取り組みであって、宗教界があらゆる遺灰の扱い方を認めたわけではない、とも添えられていました。
国が散骨の船を用意しても、それで信仰上の悩みが解けるわけではありません。「制度として選べること」と「自分たちが選んでよいと思えること」は、別の問いなのですね。
カトリック教会は、散骨をどう考えているのか

では、カトリック教会は火葬や散骨をどう位置づけているのでしょうか。歴史をたどると、教えは少しずつ変わってきました。
カトリック教会は長く、肉体の復活を信じる立場から土葬を重んじ、火葬を認めていませんでした。1963年にバチカンが火葬を容認し、1983年の教会法も、復活への信仰を否定する理由でなければ火葬を認めています。ただし、土葬が望ましいという考え方は今も変わっていません。
火葬のあとの遺灰については、2016年にバチカンの教理省(教えを守る役割を持つ部署)が指針『Ad resurgendum cum Christo(キリストとともに復活するために)』を出しています。主な内容は次のとおりです。
・遺灰は「聖なる場所」に納める
遺灰は、墓地や教会の納骨の場など、教会が認めた聖なる場所に安置するよう求めています。故人が忘れられず、家族や教会の祈りのなかにあり続けるため、と説明されています。
・空や陸、海への散骨は認めない
空中や陸地、海に遺灰をまくことは認められていません。遺灰を形見のアクセサリーなどに納めることも同様です。自宅での保管や家族での分骨も、原則として認めないとしています。
・理由は「誤った死生観」と受け取られないため
散骨は、死を自然や宇宙との一体化、あるいは完全な消滅と捉える考え方に結びつきやすい、というのが教会の説明です。人は体と魂が一体の存在であり、亡くなったあとも遺された体は敬意をもって扱われるべきだ、という考え方が根底にあります。
2023年12月には、教理省がイタリア・ボローニャの大司教からの問い合わせに回答しました。遺灰の「ごく一部」を故人ゆかりの場所に保管したいという家族の希望を、教会当局が検討しうるとする内容です。ただし、残りの遺灰は聖なる場所に納めることなどが条件とされ、2016年の指針は引き続き有効だと確認されています。散骨そのものが認められたわけではない点には、注意が必要です。
なお、指針は、信仰に反する理由で散骨を望んだことが明らかな場合には、教会での葬儀を行わないとしています。逆にいえば、教会が問題にしているのは、まく行為そのものだけでなく、そこに込められた「死をどう捉えるか」という信仰の問題でもあるのでしょう。
「国のルール」と「信仰の教え」は別のものさし
シンガポールのニュースが示しているのは、散骨をめぐるルールには「国の法律」と「信仰の教え」という二つのものさしがあるということです。
たとえば、カトリックの信徒が多いイタリアやフランスでも、法律では一定の条件のもとで散骨が認められています。イタリアでは故人の生前の意思と自治体の許可が前提とされ、フランスでは公共の場を避けた自然のなかで行い、自治体に届け出る仕組みがあるとされています。国が認めていても、教会の教えが変わるわけではありません。
日本ではどうでしょうか。日本には散骨を直接定めた法律がなく、節度をもって行えば違法ではないと一般に理解されています。厚生労働省も散骨事業者向けのガイドラインを示しています。けれども、法律で禁じられていないことが、それぞれの宗教や宗派で受け入れられているとは限りません。仏教の家庭なら菩提寺(先祖代々のお墓があるお寺)との関係が、キリスト教の家庭なら所属教会との関係が、実際の悩みどころになることが多いのではないでしょうか。
カトリックの信徒が多い国として、弊社の散骨エリアでもあるフィリピンが挙げられます。国民の約8割がカトリックとされ、葬儀も教会の慣習に沿って行われるのが一般的です。フィリピンのファクトチェック団体VERA Filesの2024年の記事によると、フィリピン司教協議会(CBCP)の指針も、遺灰は墓地や納骨堂などに納めるべきだとしています。さらに、2023年にバチカンが示した「遺灰のごく一部を故人ゆかりの場所に」という扱いについても、フィリピンの教会当局は認めていないと、CBCPの担当神父が説明したと伝えられています。同じカトリックでも、国や教区によって運用に幅があることは知っておきたいところです。
関連記事:【フィリピンの葬儀とは?にぎやかなお通夜・埋葬の流れと、カトリックの死生観・火葬と散骨の考え方】
家族の信仰が違うとき、散骨をどう話し合うか
信仰のかたちは、家族のなかでも一人ひとり違います。毎週ミサに通う人もいれば、洗礼は受けたけれど教会からは離れている人もいるでしょう。故人は無宗教でも、配偶者や子どもが熱心な信徒ということもあります。
そんなとき、話し合いの手がかりになりそうなことを挙げてみます。
・まず「誰が、どのくらい信仰を大切にしているか」を確かめる
故人本人の信仰と生前の願い、そしてご家族それぞれの信仰を、あらためて言葉にしてみましょう。「教会で葬儀をしてほしい」「お墓参りの場所がほしい」など、信仰と結びついた願いが見えてくることもあります。
・決める前に、所属する教会やお寺に相談する
シンガポールの葬儀社が勧めていたように、信仰が関わる場合は、所属教会の神父や菩提寺の住職に早めに相談するのが安心です。散骨は、一度行うとやり直すことができません。あとから「知らなかった」とならないよう、決める前に確かめておきたいところです。
・「散骨か、しないか」の二択にしない
たとえば、遺骨は教会の墓地や納骨堂に納め、故人が愛した海辺では献花だけの追悼の時間を持つ、という見送り方もあります。故人の思い出の場所を訪ねる旅は、遺骨をまかなくても、家族にとって大切な時間になるはずです。
・全員が納得してから進める
意見が分かれたまま進めると、あとで家族の関係にしこりが残ることもあります。信仰を大切にする家族の気持ちも、故人の願いと同じように尊重したいものです。
関連記事:【宗教と相続トラブル~家族がもめないための備えと話し合い~】
本記事は2026年10月時点の公開情報をもとにしたもので、宗教上の判断や法的な助言ではありません。信仰に関わるご判断は、所属する教会や寺院にご確認ください。
信仰も、故人の願いも、どちらも大切にするために
シンガポールの散骨フェリーをめぐる議論は、遠い国の話のようでいて、私たちにも身近な問いを投げかけています。どんな見送り方を選ぶかは、故人の願いだけでなく、残された家族がこれからどう故人を想い続けるかにも関わるということです。
カトリックの教えが遺灰を聖なる場所に納めるよう求めるのは、亡くなった人が忘れられず、祈りのなかにあり続けるためでした。海へ還したいと願う人も、その海を訪ねて故人を想いたいと考えることが多いはずです。かたちは違っても、「大切な人を忘れずにいたい」という想いは、きっと同じなのではないでしょうか。
弊社「海と森のセレモニー」では、セブ島やハワイ、バリ島などの海で、現地のルールに沿った海外リゾート散骨をご提案しています。ご相談の際は、ご家族の信仰や、所属する教会・お寺とのお付き合いについても、遠慮なくお聞かせください。散骨を選ぶかどうかも含めて、ご家族が納得できる見送り方を一緒に考えます。
「故人はどう見送られたいと思っていたか」「家族はどんなかたちなら心から送り出せるか」。迷ったときは、その両方を言葉にするところから始めてみてはいかがでしょうか。疑問や不安があれば、まずはお気軽にご相談ください。
関連記事:【海外散骨事情~シンガポール内陸散骨施設編~】
参考:
Singapore Catholics’ concerns over scattering ashes at sea(AsiaNews)
NEA to launch 2-year pilot for sea burial ferry services in 2027(Mothership)
Ash Scattering Facilities(シンガポール国家環境庁 NEA)
Instruction Ad resurgendum cum Christo regarding the burial of the deceased and the conservation of the ashes in the case of cremation(バチカン教理省)
Dicastery for the Doctrine of the Faith on storing ashes(Vatican News)
FACT CHECK: Claim on Vatican’s instruction on keeping cremation ashes NEEDS CONTEXT(VERA Files)
ローマ法王庁、火葬の新指針を発表 散骨や自宅保管は認めず(CNN.co.jp)
散骨に関するガイドライン(散骨事業者向け)(厚生労働省)






